富士山に登って見えた景色と、登れなかった景色|2度の挑戦で思ったこと
登山を始めたきっかけのひとつが、「一生に一度は富士山に登ってみたい」という思いやった。
標高3,776m、日本一の山。
登山をしてるなら、どこかで一度は挑戦したくなる存在。
そんな富士山に、実は2回チャレンジしてる。
1回目は、無事に登頂できた。もちろんしんどかったけど、天気にも恵まれて、山頂からの景色はほんまに圧巻やった。
ただ正直、登ったのは浅間大社のある山頂エリアまでで、日本最高峰とされる三角点「剣ヶ峰」までは体力的に行けなかったのが悔しかった。
「ここまで登ってきたんやな」って、足元から伝わる達成感と、
どこまでも広がる雲と空。
それを見たときの静かな感動は、今でもしっかり覚えてる。
ただ、2回目の挑戦では、左の股関節を痛めてしまって、残念ながら途中下山することになった。
登っているうちにどんどん足が上がらんようになってきて、7合目あたりで「これはこのまま無理して登るより、引き返した方がいいかもしれん」と判断。
「また行けるやろ」と思って気軽に構えてたところもあったけど、やっぱり富士山はそんなに甘くなかった。
実際、下山の途中でも足の痛みはさらに増してきてて、無理に山頂を目指してたらもっとひどいことになってたと思う。
あのとき下山を選んだ判断は、今思えば正解やった。
体力も、準備も、天候も、すべてが合ってないと難しい山なんやと改めて思った。
登れなかったときは、正直めちゃくちゃ悔しかったけど、
その経験があるからこそ、「また行きたい」っていう気持ちも強くなった。
まとめ:登れた日も、登れなかった日も、どっちも大切な記憶
富士山には2回チャレンジして、1回は登れて、1回は登れなかった。
でも、どちらの経験にもちゃんと意味があったと思う。
登れたときは、達成感と感動。
登れなかったときは、自分の体と向き合うことの大切さ。
富士山はただの“目標”やなくて、
自分の変化や今の状態を映す「でっかい鏡」みたいな存在やなと、今は思う。
またそのうち、行けたらええなって思う
2回登って、1回は登れて、1回は登れへんかった。
でもどっちの経験も、それぞれ意味があった気がする。
登れたときは嬉しかったし、登れへんかったときは悔しかった。
でも、「またいつか登ろう」って思えてる時点で、きっと富士山はまだ自分にとっての目標なんやと思う。
いつになるかわからんけど、
またチャレンジして、今度は剣ヶ峰まで行けたらええな〜。
そんなふうに思える山があるって、なんかええなと思う。
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